Viva! Mexico! 
 
San Jose Del Cabo(サン・ホゼ・デル・カボ)に行って来た。
国境を越えてカリフォルニア半島をずっと先端の最南端、元は周りを砂漠と山とサボテンに囲まれた小さな小さな漁村だったのが、20数年前からはカジキ釣りのメッカ及びパーティ・セントラルとして発展した街である。波
まぁパーティの方は、San Jose Del CaboよりもCabo San Lucas(カボ・サン・ルーカス)の方が御本家というべきだろうけど。

San Lucasの方には学生時代に友人と遊びに来たことがある。
お財布は淋しいけれども時間は腐るほどあった時代の事なので、私たちは車でWA州からCaboまで3、4日かけて南下したのだ。
ガソリンの値段も今ほど高騰していなかったから出来たことかもしれない。
Cabo San Lucasでは毎日飲んだ暮れて、毎日、80年代~90年代のロックやらを大音量で流す"クラブ"ではなく"ディスコ"で遊び呆けていた。

今回は子連れでSJDCの方に滞在してきた。
勿論、学生時代のパーティ三昧の滞在とはうって変わった内容のバケーションである。

シアトルを早朝6時に出発する飛行機に乗り、SFでの一時降機を含めて約6時間半後にSJDCに到着した頃には、コーエンを含めて私たちは全員ぐったりしていた。
でも降り立った途端に吹き付けてくる熱風と強い太陽の光晴れを浴びると、体の汗腺が一度に開いたかのように汗が出てくる。
日差し、空気の匂い、風の熱さ、潮風の匂い、全てが熱帯特有のそれだと分かる。

バゲージ・クレームで荷物を受け取った後、予約してあったレンタカーを見て、かなりのボロさ加減(と払った金額の差)に気が滅入りそうになるけれども、まぁ車は車だ、何とかなるでしょう、と滞在先のコンドミニアムへ向かう。車(セダン)
因みにこのオンボロ車、翌日の朝にはエンジンがすっかり死んでいてウンともスンとも言わなくなってしまい、即刻レンタカー会社に引き取りにきてもらった。

コンドミニアムに到着後はコーエンと連れ合いは早速目の前のプールとビーチを散歩しに行く。波
私はその間に荷解きをして、食品など必要なものを調達するべくメモを作る。
少し後に食品の買出しに出たスーパー・マーケットにて、最初の"マーケター"に出会う。

彼らは英語を話せるので、スペイン語が話せない私たちにはとても助かる存在なのだけど、彼らの目的は"観光客のヘルプ"よりもむしろ"マーケティング"なのだ。
この辺りのリゾートにあるコンドミニアムの会員権を売り込んだり、ツアーの斡旋をしたりするのが彼らの本来の目的である。
もっとも彼らが直接コンドを売り込むのではなく、コンドミニアムに観光客を連れて行く事で彼らの手にはマージンが入るわけで、コンドに行けば今度はキチンとマーケティング&セールス部門がそこに控えているのだが…。
そんな予備知識が殆ど無かった私たち、"なんて親切な人たちなの~"と喜んでいたのもつかの間、"面倒くさいなぁ、あっち行け"と思うようになってしまう。
彼ら、しつこいと言うべきかしぶといと言うべきか、なかなか手強いのだ。
自分たちのマージンが確保できるまで、なかなかこちらの思うようにはさせてくれない。

何とか彼らを振り切ってコンドミニアムに戻ってきて、その日の夜は新鮮なガルフ・シュリンプ(この辺りの湾で取れる大きな海老)やらタコをワイン蒸しにする。レストラン
とても美味しい。

夕食後は部屋の目の前のプール(私たちの部屋は1階だった)で10時ごろまで泳ぎ、コーエンを寝かしつけた後は連れ合いと二人、ピニャ・コラーダで乾杯である。バー
バケーションはこうじゃなくっちゃね、といい気持ちでリラックスして眠りに就く。

翌日はメキシコの独立記念日ということで、そこかしこで"Viva Mexico!"(ビバ メヒコ!)という文字と赤&白&緑のメキシコ国旗の装飾を目にする。
アメリカではCinco de Mayo(シンコ・デ・マヨ)である5月5日があたかもメキシコの独立記念日のように祝われているが、Wikipediaを紐解くに、アメリカで広く誤解されていることだが、メキシコの独立記念日は5月5日ではなく9月16日"とある。
今年は15日が土曜日なので、この日が大々的な独立記念日パーティとなったようだ。
夜中に花火があがったりで大変な盛り上がりだったようだが、私たちはこの日もプールでだらだら過ごしていた。
"夜に出かけたら危ないよ"と言われていたのもある。
皆酔っ払っているし、車を運転するのは適していない、とも。
まぁエンジンが石のように冷たくなってしまった車しか私たちには残されていなかったから、出かけようにもそういう訳にはいかなかったのだけど。


次回はコンドミニアム購入勧誘&ダイビング編です。
ボストン。-その3- 
 
何度も地図を見直さないと"何処に向かってるのか分からない"くらい、ハイウェイが入り組んでいる。
普段ナビするのは慣れているのだけど、この地図に限っては匙を投げる始末である。

地図が、それとも私の目が、はたまたマサチューセッツ州の道路が悪いのかは分からないけど。

普通なら1時間半くらいで到着するであろう道程、3時間くらいかけてのんびり、迷いながらPlymouthまで行ってきた。

Plymouthの港に着くと目に入るのが、かのメイフラワー号。
複製の船とメイフラワー博物館があるのだが、博物館は冬季休業。
この辺りは夏場の観光客がメインの収入源なのだろう、駐車場も冬季は無料だし、港近くのアイスクリーム・カフェや時代物写真館(太秦撮影所にもありそうな、時代物の衣装で写真を撮ってくれる場所)も、窓に打ち板をして休業している。

メイフラワー号なのだが、これが"本当にこんな小さな船で大西洋を渡ってきたのか?"とにわかに信じがたい程に小さいものなのだ。
どれくらいの日数をかけてここまでやってきたのだろう、と先人の勇気と好奇心に感服せざるを得ない。
無論、勇気と好奇心だけでなく、無限大に見えたOpportunities(可能性)が彼等をアメリカ大陸に導いたのだろうが…。

 ←メイフラワー号

背景の島は夏場はお金持ちのバケーション・ホームがあるせいで連絡船も毎日出ていて賑わうのだが、冬場は孤島になるそう。

メイフラワー号の辺りを歩いていると、"あんた方は何処から来なすったね?"と話しかけてくるじいさんが。
"ワシントン州。シアトルです"と言うと、"リンゴは持ってきたか?"と笑う。
持って来る訳あるまいが、と思うけれども、冗談言ってるんだから、とこちらもにっこりする。

港から吹き付けてくる寒風吹きすさぶ中、長い長い立ち話が始まった。
じいさんは元々がスコットランド出身なのだが、50年以上前にアメリカに引っ越してきて、ずっとこのPlymouthに住んでいるのだそう。
一緒に暮らしていた奥さんをガンで亡くした後、娘さんまでもガンで亡くし、今では一人暮らしなこと、Plymouthを散歩している観光客たちと話すのが好きなこと、Plymouthの歴史などを沢山語ってくれる。

"寒いからもう話を切り上げないとね"と言った後も10分くらい話が終わらないのだけど、いい人だった。楽しいじいさんだ。
話題が豊富で博識だし。
 ←じいさんとコーちんの記念写真。

"一人暮らしであまり話す機会が無い事が自分で分かっているから、なるべく外に出て話し相手をさがすようにしているんだ"とじいさん談。
認知症防止なんだそう。

最後にじいさんが教えてくれた、Widows' Houseというところに寄ってみる。
男衆が漁に出て何年も戻ってこない事があった昔々のこと、奥さんたちがこのやぐら(と言うかベランダと言うか)に登っては、男たちが海から帰ってくる日を待ち続けたのだそう。



この辺りはロブスターが美味しい。
この日の夜は蒸しロブスターを食べて満足し、翌日の朝早く、シアトルに帰ってきた。

余談だけど、Interstate HwyであるI-90の東側の終点は、ローガン国際空港である。
シアトルに西側終点があるのだけど、"このInterstateはホントに東から西に一直線に繋がってるんだ~"と妙に感動した。

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ボストン。-その2- 
 
ハーバード大学、MITと世界的にも有数の優秀ブレインが集まる所、というイメージだった私。


まずMITを観察しに行こうと、フリーウェイに乗ってケンブリッジに向かう。
寒いけれども幸いな事にいいお天気にも恵まれているし、気持ちの良いドライブだ。

コーちんも後部座席でうとうと、寝入りそうになってはハッと起きる、を繰り返している。


シアトルの冬には殆ど必要ないサングラス、持ってこればよかったなぁ…と思いながら車を走らせる事焼く30分、MITの有名なドーム型屋根が見えてきた。

  


↑車の中から撮ったので、あまり奇麗に撮れてません。

辺りをぐるぐる運転しながら駐車できる場所を探すのだけど、なかなか見つからない。

ボストン近郊に車で出るときに何が大変って、駐車場と駐車料金なんだ、とボストニアンに言われたことを今更ながら思い出す。



30分ほどうろうろ運転しても見つからないのでファカルティ専用の駐車場の番をしているおじさんに"何処に駐車するのがいい?"と聞いてみたら、そのおじさん、"何しに来たの?"と聞いてくる。



"いや、特に何って訳でもないんだけど、見学に"と言うと、"うーん、ここは職員専用だからねぇ…。"としばし考えた後、"What a heck(まーいいか)。どうせ今は冬休み中だし、出てくる職員も少ないから、ここに停めて良いよ。"と言ってくれる。



駐車料金は?と聞くと顔の前で手をひらひら振って、"そんなの、要らんよ"。
なんて親切なおじさん!



お言葉に甘えてそこに駐車して、MITの生協ストアをはじめ、いろんな所を歩き回ってきた。



MITはチャールズ川の傍にあって橋の反対側はボストンなのだけど、その橋からの景色がとにかくステキなのだ。

  
↑ボストン↓ 昔今織り交ざった建築物の町並み
 


橋の上の空気はピリッと冷たくて風もびゅんびゅん吹いてくるのだけど、歩き、走り、はたまた自転車に乗って健康的な日々を送るボストニアンの多いことにも驚いた。



その後はハーバード・スクエア方面へ向かい、ハーバード大学も見てきたのだけど、MITの雰囲気のほうが何となく開放的で気に入ってしまったのだった。
ハーバードは荘厳な感じで、私には取っ付きにくく見えてしまったのだけど、これは天候の所為なのだろうか?(午後から少し曇ってきたのだった。)



オマケにハーバード大学辺りに来たらデジカメの電池が切れてしまい、全然写真も撮れなかった…。



土曜日は世界四大美術館の一つ、と言われるほどのコレクション数を誇る、かのボストン美術館へ足を運んだ。

結果から言うと"Weekday中も来ればよかった!"と後悔するくらいスゴイ美術館だった。


印象派、ファッション・フォト、古エジプト、ギリシャなどの作品を始め、日本画特集をやっていたり、アメリカ17、8世紀の木工技術や銀製品など、どんなに時間があっても足りないくらい。
駆け足で回ったので本当に惜しい…!

またボストンに来る機会があったら、一週間かけてじっくり回りたい。(入場券は1週間有効だし。)

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ボストン。-その1- 
 
人々は全然冷たくないのだ。逆に皆優しい。
コーちんが皆にニコッと笑いかけると、皆笑い返してくれてそこから会話が始まる事が多かったし、親切でフレンドリーな人たちが多かった。

WA州のフレンドリーさとの違いは、"誰にでもにっこりしない"というところだけ。
目が合うとにっこりするワシントニアン(というか西海岸人)が多いのに対し、ボストニアン(もとい東海岸人?わからないけど)は誰にでも微笑みかける訳ではないのだが、少しでも自分と関わる人にはにっこりする人が多かった。
こういうカテゴライズって実は意味がないのだろうけど、まぁとりあえず。

ボストン滞在中、夫が仕事に行っている間コーちんと私は二人でいろんな所に行ってきた。

二日目はウェルズリーという可愛い(でも高級住宅街という感じの)街までドライブ&散歩に行ったし、三日目はボストン市内まで電車に乗って行ってきた。

電車に乗って行った理由は:
?ボストン市内の駐車料金がすごぉぉく高いから
?レンタカーの鍵を、夫が間違えて持っていってしまったから
である。

レンタカーのトランクにはストローラー(ベビーカー)も入っていたのだが生憎これも使えず、私はこの日一日、約10キロあるコーちんを肩からぶら下げて歩く羽目になった。

電車の終点はSouth Station。ここで降りてから徒歩10分の場所にあるChildren's Museumに行く。
地元の人から"ボストンのChildren's Museumは大きくて良いよ"と聞かされていたからである。
確かに色んなアクティビティが満載のこの美術館、すごく良かったのだが、問題はコーちんが少し小さすぎたことか。
本人は嬉しくてハイパー状態で何処でも歩き回っているのだけど、周りの子供たちが大きくて踏みつぶされはしないかとヒヤヒヤした。
冬休み中でこの美術館はすごく混んでいたけれどもコーちんは楽しそうで、2時間くらい休むことなく遊び続けていた。
この美術館には京都の町屋を再現してある場所があって(ボストンは京都の姉妹都市)私はそのツアーに行くのを楽しみにしていたのだが、遊び疲れてもなおハイパーなコーちんが私の手を引っ張って他の所に連れて行くので、見そびれてしまった…。

Children's Museumを後にした私たちは(出てくる前、コーちんは"まだ行きたくない!"と大泣き)ダウンタウン方面へと歩き、金融街を通ってダウンタウンをぐるぐると歩き回る。
Walking Cityと呼ばれているのだもの、と地図も持たずに歩いていたら何となく街の中心部へ出る。
Boston Commonsという大きな公園では、1月1日に行われる"First Day"というイベント用に大きな氷が運び込まれていた。
これで氷の彫刻を作るのだろう。

Boston Commonsのスケートリンク。外にスケートリンクがあるなんて、やっぱり寒いのね…。


ボストンの何が寒いって風なのだ。気温はシアトルと同じ(Or少し低い)くらいなのだけど、風が冷たい。
耳が千切れてしまいそうに痛い。
ニットやフリースの帽子に手袋、マフラー完備でないと外を歩けないくらい。
こんな寒さはシアトルで殆ど経験しないので、余りの寒さに面食らってしまった。

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